「識名の御殿」「南苑」と呼ばれた庭園
識名園は、かつて「識名の御殿(しちなぬうどぅん)」とも呼ばれていました。また、首里城の南側に位置していたことから、「南苑(なんえん)」という名称でも知られています。
造園は第二尚氏王朝の時代に始まったとされていますが、正確な開始時期は明らかではありません。現在の庭園は、尚温王の時代である1799年に完成したとされています。
中国文化と琉球文化が融合した景観
識名園の大きな特徴は、中国の様式と沖縄独自の様式を巧みに組み合わせていることです。琉球王国が中国との交流を重ねていた時代背景を感じさせる一方、亜熱帯の植物や琉球石灰岩を使った造りなど、沖縄ならではの景観も楽しめます。
心字池と六角堂
庭園の中心には心字池があり、その周囲を亜熱帯の樹木が彩っています。池のほとりには中国風の六角堂が建てられ、庭園に異国情緒を添えています。
中国風の石橋
園内には、中国南部沿岸地方の運河に架かる橋を参考にしたとされる石橋もあります。自然の景観の中に中国的な意匠が取り入れられ、識名園ならではの美しい景観をつくり出しています。
勧耕台
庭園には勧耕台と呼ばれる展望場所もあります。ここからは海を望むことができませんが、これは琉球王国を実際よりも広い国に見せるための工夫だったという説が伝えられています。
迎賓館として使われた識名園
識名園は、完成当時から中国皇帝から派遣された使者をもてなす迎賓館として重要な役割を担っていました。
琉球王国は中国との冊封・交易関係を築いており、外国からの使節を迎えることは王国にとって重要な外交活動の一つでした。識名園の中国風の意匠には、こうした歴史的背景が反映されています。
戦禍からの復元
第二次世界大戦では、識名園の建造物のほとんどが破壊されました。長い歴史を持つ庭園は大きな被害を受けましたが、戦後、復元に向けた取り組みが進められました。
1975年から1995年まで約20年にわたって復元工事が行われ、1995年秋には現在の美しい庭園が再び姿を現しました。現在見ることができる御殿や池、石橋などは、こうした長年の保存・復元の成果です。
国の特別名勝と世界遺産
識名園は、その歴史的・文化的価値から、1941年に国の名勝に指定されました。しかし、戦争によって大きな被害を受けたため、戦後の1976年に改めて名勝として指定されています。
さらに、2000年には国の特別名勝に指定され、同年には「琉球王国のグスク及び関連遺産群」の構成資産の一つとして、ユネスコの世界遺産にも登録されました。
育徳泉と貴重なシマチスジノリ
園内には育徳泉と呼ばれる泉が湧いています。清らかな水が流れるこの泉には、貴重なシマチスジノリが生育しており、国の天然記念物に指定されています。
歴史的な建造物だけでなく、こうした希少な自然環境が残されていることも、識名園の大きな魅力です。
識名園を構成する主な見どころ
識名園には、歴史や文化を感じられるさまざまな建造物や景観が残されています。
正門
園内への入口となる正門は、識名園の歴史的な雰囲気を感じさせる重要な景観の一つです。
番屋
番屋は、識名園を構成する施設の一つで、当時の庭園の様子を伝えています。
御殿
御殿は、国王一族の別邸として利用された建物です。中国風の意匠と沖縄独自の建築文化が融合した識名園を象徴する存在となっています。
心字池・六角堂・石橋
池を中心とした庭園には、六角堂や中国風の石橋が配置されています。亜熱帯の植物と水辺の景観、歴史的な建造物が一体となった美しい庭園風景を楽しめます。
季節の行事も開催
識名園では、歴史的な景観を楽しむだけでなく、地域の文化に触れられる行事も開催されています。
毎年11月3日の文化の日には「識名園歌会」が行われ、短歌を楽しむ人々で賑わいます。また、11月の第4日曜日には「識名園友遊会」が開催され、地域の伝統芸能が披露されます。
琉球王国の歴史と自然を感じる庭園
識名園は、琉球王国の外交や文化を伝える歴史的な迎賓館であると同時に、中国文化と沖縄文化が融合した独自の美しさを持つ庭園です。
亜熱帯の緑に囲まれた心字池、中国風の六角堂や石橋、歴史を感じさせる御殿など、園内をゆっくり歩くことでさまざまな魅力を発見できます。
戦禍によって失われた庭園が長い年月をかけて復元され、現在まで大切に受け継がれていることも、識名園を訪れるうえで知っておきたい歴史です。琉球王国の文化と沖縄の亜熱帯の自然を同時に楽しめる世界遺産として、那覇観光の際にぜひ訪れたいスポットです。