国王・尚家の別荘であり、迎賓館でもあった琉球庭園の一つです。残念ながら戦禍を受けて閉鎖されてしまいましたが、1995年秋に復元され、美しい亜熱帯の樹木に囲まれた池を中心に、中国風の建物や灯篭が再び蘇りました。
中国の雰囲気が漂う六角堂や、中国南部沿岸地方の運河にかかる橋をモチーフにした石橋もあります。
識名園は、また、しばしば「識名の御殿(しちなぬうどぅん)」とも呼ばれ、首里城の南側に位置していたことから「南苑(なんえん)」とも呼ばれていました。
造園は、琉球の第二尚氏王朝の時代(1752年 - 1795年)に始まったと言われていますが、定かではありません。完成は、尚温の時代の1799年でした。
識名園は、中国の様式と沖縄独自の様式の折衷様式で建築されています。完成当時は、中国皇帝からの使者をもてなす迎賓館として使われていました。
また、展望台として「勧耕台」というものがありますが、海を望むことはできないのは、琉球をより大きな国に見せるためだともいわれています。
第二次世界大戦で園内のほとんどの建造物が破壊されたため、現在見られるものは復元されたもので、工期は1975年から1995年までかかりました。
1941年に国の名勝に指定され、戦争で壊滅後、1976年に再指定され、2000年には国の特別名勝に指定され、同年にユネスコの世界遺産に登録されました。
また、毎年11月3日(文化の日)には識名園歌会が開催され、短歌を楽しむ人たちで賑わいます。そして、11月第4日曜日には、識名園友遊会が開催され、地域の伝統芸能発表が行われています。
敷地内には、育徳泉という泉が湧いており、そこに生えるシマチスジノリは国の天然記念物として指定されています。
### 概要
識名園(しきなえん)は沖縄県那覇市真地にある琉球庭園の一つで、国王・尚家の別荘であり迎賓館でもありました。戦禍で閉鎖されましたが、1995年秋に復元され、美しい亜熱帯の樹木に囲まれた池を中心に、中国風の建物や灯篭が再び蘇りました。
### 歴史
識名園は「識名の御殿(しちなぬうどぅん)」とも呼ばれ、首里城の南側に位置していたことから「南苑(なんえん)」とも呼ばれていました。造園は琉球の第二尚氏王朝の時代(1752年 - 1795年)に始まったと言われていますが、定かではありません。完成は尚温の時代の1799年です。
識名園は中国の様式と沖縄独自の様式を折衷した様式で建築されており、完成当時は中国皇帝からの使者をもてなす迎賓館として使われていました。また、展望台として「勧耕台」がありますが、海を望むことはできないのは、琉球をより大きな国に見せるためだとも言われています。
第二次世界大戦で園内のほとんどの建造物が破壊されたため、現在見られるものは復元されたもので、工期は1975年から1995年までかかりました。
1941年に国の名勝に指定されましたが、戦争で壊滅した後、1976年に再指定されました。2000年には国の特別名勝に指定され、同年にユネスコの世界遺産に登録されました。
### イベント
毎年11月3日(文化の日)には識名園歌会が開催され、短歌を楽しむ人たちで賑わいます。また、11月第4日曜日には識名園友遊会が開催され、地域の伝統芸能発表が行われています。
### 構造
識名園は、以下のような構造物で構成されています。
- **正門**
- **番屋**
- **育徳泉**
- **御殿**
- **心字池と六角堂**
- **中国風の石橋**
- **勧耕台**
敷地内には育徳泉という泉が湧いており、そこに生えるシマチスジノリは国の天然記念物として指定されています。
4月~9月 9:00~17:30
10月~3月 9:00~17:00
毎週水曜日
大人 400円
小人 200円(中学生以下)
保護者が同伴する小学校就学前の小人 無料
三重城バスターミナルから識名園前バス停、1番の首里・識名線または5番の識名線(所要時間 約30分)→ 識名園前バス停で下車、徒歩で1分